テレビジョンの技術史
昭和初期のテレビジョン技術史を辿ることによって、その過程において、いかなる視聴空間の可能性が模索されてきたかを明らかにしてきました。われわれの生活に根ざした「テレビ」というメディアについて、「放送」や「マス・コミュニケーション」といった概念との関わりを自明とせず、その成り立ちを根源的に問い直すこと。具体的には、「テレビ」の定時放送が始まる以前、博覧会や展覧会、百貨店の催事場などで、受像機の公開実験が人気を博していた1930年代に焦点をあてています。
無線の技術史、ケータイのメディア史
僕たちは新しいメディアの「新しさ」を純粋に知覚することができないため、携帯電話は近年まで、「線の切れた電話」であるという隠喩的理解のもとで普及を遂げてきました。しかし、携帯電話に代表されるモバイルメディアの潜在的な可能性を見据え、より望ましいあり方を発現させていくためには、それが「電話」の延長線上に社会化したという自明性を「異化」する歴史的補助線が必要であるのではないでしょうか。
【共同研究】マスメディアの文化とリテラシーに関する実践研究
「マス・コミュニケーションの時代」から「マスがコミュニケーションする時代」へ。そのときメディア、コミュニケーション、リテラシーはどのように変化するのか、構想しうるのか。マスメディアと市民の回路作り、新たなマス・コミュニケーションのあり方を模索する「マス&コミュニケーション」プロジェクトに参加しています。これまで「民放連メディアリテラシー実践プロジェクト」という、マスメディアと市民の協働的メディアリテラシーの構築を目指す共同研究に取り組んできました。
【共同研究】情報デザインによる市民芸術創出プラットフォームの構築
「情報があふれかえる社会から表現が編みあがる社会へ」をキャッチフレーズとする、「情報デザインによる市民芸術創出プラットフォームの構築」という研究プロジェクトに参加しています。これまで県域の放送局などと連携し、ITを活用して人びとの表現活動を支援する社会実践のプログラムを開発してきました。こうした試みの重要性は震災後、ますます高まっているのではないかと思います。







飯田豊のプロフィール